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CoCoRoni ココロニ 第12回 「日本の冬とロシアのうた」

Categoryコンサートのご案内
宗次ホール 1月おすすめ公演のご案内です♪

活動3年目に入るCoCoRoni。
新春の第12回公演では日本だけではなくロシアのうたも取り上げます。
実はこれ、2014年10月にロシアの合唱団「ボーカデミア」と共演して以来、
温めていた企画。
すっかり日本でもお馴染みとなったロシア民謡の定番について、
その裏話をご紹介します。
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★ 日本にすっかり定着したロシアのうた

 歌は世につれ、世は歌につれ…。
日本の冬に、あなたのくちびるに浮かぶのは、どんなメロディーですか?
歌には、その人なりの折々の人生における時と想いが
いっぱいいっぱいつまっているのではないでしょうか。
聴くとあの頃を思い出し、思わず涙がこぼれてしまう・・・
忘れられない歌、後世に残したい歌。
今年も「ココロニ」は、あなたの心に届けます。

今回のテーマのひとつが「ロシアのうた」。
何故ロシアなのかということに、
実は第二次世界大戦が深く関わってきます。
(ココロニは2015年8月、戦後70年特別企画として、「昭和のうた」をテーマに
戦前・戦中・戦後の歌を集めコンサートを行っています。)
戦後30年間ほど、ロシアの大衆歌謡は日本語で盛んに歌われていました。
当時日本中を席捲(せっけん)した《うたごえ運動》の中核となったのは、
シベリア方面から引き揚げてこられた旧日本兵捕虜の方々でした。
この人々は日本人が民謡と呼ぶような地域固有の音楽ではなく、
その時ロシアの人々が大衆歌謡として親しんでいたものを覚え、
持ち帰ってこられたそうです。
戦後の労働運動とともに多くの人に愛唱された
ロシアの大衆歌謡とは、平和への願いでもあったのではないかと思います。

もしあなたがその頃の想い出を青春時代とともに過ごされてきたなら、
いまもう一度、その青春を思い出してみませんか?
そして、若い世代とともに、懐かしのヒットソングを、
いまを生きるこの時代に歌いつなげていただきたいと思います。

さて、今回もプログラムの中からいくつか、
曲にまつわるエピソードをご紹介いたしましょう。


■ ともしび
 ♪~夜霧の彼方へ 別れを告げ 
雄々しきますらお 出でてゆく・・・


戦時愛唱歌として親しまれてきた1942年の作品です。
当時のジャズ楽団のレパートリーとして書かれた『カチューシャ』(1938年)の
作詞家ミハイル・ワシリエヴィチ・イサコフスキーの詩から、
この歌は生まれました。
歌詞には
「戦地へ旅立つ若者を、乙女は夜更けの玄関の階段で見送った。
遠ざかりながら若者が振り返ると、
乙女の部屋の窓辺に置かれたともしびが、
夜霧の中にまだ見えていた」という情景が描かれています。
このように別れの曲であるにも関わらず、
ロシアでは意気揚々と行進曲風に演奏されていました。
しかし日本に入ってきて物悲しくスロー・テンポの演奏に変化したのです。
この違いは、
それぞれの国の戦争に対する意識の違いでもあったのではないでしょうか。


■ 赤いサラファン
♪~赤いサラファン 縫うてみても
楽しいあの日は 帰えりゃせぬ
たとえ若い娘じゃとて 何でその日が長かろう
燃えるようなその頬も 今にごらん色あせる


赤いサラファン

この曲は、
アレクサンドル・エゴロヴィチ・ヴァルラーモフにより1834年に作曲され、
ロシアで現在まで歌い継がれています。
(1834年というと日本は江戸時代の天保年間。大塩平八郎の乱などがあった頃。)
赤いサラファンとは、
20世紀初頭まで日常着として用いられていたロシアの女性の民族服です。
娘さんの婚礼衣装として赤いサラファンを準備する母親と、
結婚なんてまだ早い・・・とまったく興味がない娘との会話のような歌です。
その結婚は親に決められたものだったのだろうか、
娘さんは恋をしていたのだろうか、などと、
その時代のさまざまなドラマがみえてきそうです。
1853年には当時ロシアを楽旅中だった
ポーランドのヴァイオリニスト、ヘンリク・ヴィエニャフスキが
この曲を元に幻想曲「モスクワの思い出」を作曲しています。

■ 一週間
♪~日曜日に市場に出掛け 糸と麻を買ってきた
テュリャテュリャテュリャ・・・


歌詞に意味があるのかないのか分からないような歌ですが、
陽気なメロディーで替え歌も多く歌われている歌です。
陽気な、といいましたが、本来は暗いはずの短調で書かれているのに
陽気な感じ。
これがまたロシアのうたの不思議なところです。なおこの曲は純粋な民謡ではなく、
1900年前後の流行歌だったようです。
さて、この曲はどんな歌?
最後に「恋人よこれが私の一週間の仕事です」という歌詞が出てくるので、
恋人に宛てた歌なのでしょうか。
その割には一週間、何も仕事をしていないようにも聴こえますし、
月曜日にお風呂をたいたなら火曜日じゃなくて
月曜日のうちにお風呂に入ればよかったのに、、、!
とか、ツッコミたくなりますね。
しかし、この歌にはロシア語の訳がうまくなかったから
この歌詞なのではないか、生活の苦しさを描いた社会風刺が
隠れているのではないかと諸説あるようです。
確かにお風呂に入るのも一苦労なほど、
薪を集めてくるのも大変だ・・・
と、いったボヤキが、
そこに省略されているのかもしれませんね。


■ 黒い瞳
♪~美しき 黒い目よ 燃え立てる君が目よ!
焦がれては忘れえぬ わが君の黒い目よ!


この曲は、1843年に『文学新聞』に掲載された
3連の詩が元となり、
いくつもの替え歌やいくつものアレンジが加わって、
歌い継がれてきたものです。
エキゾチックな黒い瞳を官能的な異性の象徴してとらえ、
燃えるような恋心をうたっています。
モスクワから東へ約800キロに位置する
大都市カザンの貧しい家に生まれ、
生活のために子供の頃から聖歌隊や寄席で歌い、
ついには帝室劇場のソリストにまでなったという、
歴史に名を残す偉大なバス歌手
フョードル・イワノヴィッチ・シャリアピンが、
革命後に海外公演に出たまま亡命者となり、
世界中で『黒い瞳』をドラマチックに熱唱したため、
たちまち知られるようになりました。


■ ヴォルガの舟歌
♪~えいこら!えいこら! それ、もう一度、もう一度!


ヴォルガの舟歌


1860年以前の曲で、川べりで船を曳く人夫たちの歌と言われています。
直訳すると「そーれ、掛け声だ」になりますが、
ボニージャックス等の日本語訳が有名です。
似たタイトルの絵画としてイリヤ・レーピンが描いた
「ヴォルガの船曳」もあります。
そういえばこのレーピンは、
酔っ払ったムソルグスキーの肖像画の作者でもありますね。
この曲の元になっているのは、
あるロシアの作曲家が1860年代にヴォルガ川の上流にある
ニジニ=ノヴゴロド地方で採譜したもので、
チャイコフスキーのピアノ曲「ロシアの50の民謡集」にも
収められています。
ヴォルガ川沿岸では、
舟曳き人夫たちが多数働いており、
人夫たちが働きながら唄う労働歌として
日本で歌い継がれてきました。
また、『黒い瞳』と同じく、バス歌手シャリャピンの
レパートリーでもあったため、
世界中で有名なロシアの歌として知られています。


■ カリンカ
♪~カリンカ カリンカ カリンカ マヤー
   庭にはいちごが マリンカ マヤー ・・・


この歌は、農村の婚礼歌です。
カリンカとは、カリーナというスイカズラ科の灌木の愛称。
そしてマリンカとは、マリーナ(木いちご)の愛称です。
太陽の下、大自然の中で人々が花嫁花婿を祝福している風景が
目に浮かぶようなほほえましい歌です。
冬の寒さが厳しいロシアで人々が春を待ちわびる気持ちから
生まれた歌だったかもしれませんね。
ところでこの曲の歌詞、いくつかの日本語訳のひとつに
「朝起きて顔をきれいに洗って、牛を追いかけていたら、
森の中から熊が出た!」
というロシア語の元の歌詞とはまるで違う
ユーモラスなものがあります。
これは井上頼豊さんの手によるもの。
この方のお名前ご存知でしょうか。
今のNHK交響楽団の前身、
新交響楽団のチェロ奏者として活躍の後、
戦争中に召集され中国へ。
終戦後シベリアに抑留され、
帰国後は再び音楽活動を再開。
チャイコフスキー国際音楽コンクールの
チェロ部門の審査員としても活躍された方です。
宗次ホールに何度も出演している鈴木秀美さんを始め、
今活躍する日本の多くのチェリストが師と仰ぐ方でもあります。
井上さんは抑留時代に知ったロシアの歌を沢山日本に紹介しました。
まさに「うたごえ運動」の指導者の一人としてその存在抜きに日本における
「ロシアのうた」の受容は語れません。
(ココロニはこの井上訳で歌います!)


■ 銀色の道
♪~遠い遠いはるかな道は 冬の嵐が吹いてるが
谷間の春は花が咲いてる ・・・


最後はロシアの歌ではありませんが、
その雰囲気を受け継いでいるかのような日本のうた。
1966年に発表され音楽の教科書にも載ったことのある名曲です。
作詞は、当時の高視聴率テレビ番組
《シャボン玉ホリデー》の作家もされた塚田茂さん。
テレビで初めにこの曲を紹介したのはダーク・ダックスで、
レコード発売をしたのはザ・ピーナッツという競作でした。
この曲のモデルとなったのは、
作曲した宮川泰さんが生まれた、
北海道の紋別を走る鉄道だったそうです。
宮川さんの父が戦時中に供出された
鉄路の跡に溜まった雨水が銀色に光るのを見た、というイメージから
「銀色の道」というタイトルが生まれました。
戦争、そして鉱山の閉鎖に伴う廃線・・・
さらに時代に翻弄された
親子のことを考えると哀しい歌ですが、
寒い雪道を前向きに進んでいこうではないか、
という応援歌のようにも聴こえます。


参考文献:『山之内重美「黒い瞳から百万本のバラまで」東洋書店』


コーラスユニット CoCoRoni (ココロニ)
第12回 日本の冬とロシアのうたは、
ロシア人ギタリストとの特別共演もあります!

ゲスト出演:アレクサンドル・ガラガノフ


2016年1月13日(水)
午前の部 11:30開演(11:00開場)
午後の部 15:00開演(14:30開場)
一般:2,000円  [自由席]

※本公演は「スイーツタイムコンサート」に準じ、
自由席に限り「プレゼント招待券」2枚でご鑑賞いただけます。

※本公演ではお食事やデザートとのセットプランを、
ご利用頂けません。ご了承ください。

ご予約は宗次ホールチケットセンターへ
☎052-265-1718(年明けは1月3日から10:00~18:00)


(宗次ホール 横山深雪)

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