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トーマス・バウアー バリトンリサイタルの魅力に迫ります!!!

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トーマス・バウアー バリトンリサイタル
2016年1月19日(火)18:45開演
にむけて・・・スタッフがちょっと調べてみました☆

ドイツ歌曲(リート)ってちょっと難しい・・・堅苦しい・・・。
そんな風に思っていらっしゃる方はありませんか?
もちろん外国語の歌なので言葉の意味はそのままでは分かりませんし、
確かにイタリアオペラのアリアの華やかさ、派手さとドイツ歌曲は無縁です。
しかしゲーテやシラー、ハイネと言った
超一流の文豪たちが書いたドイツ文学の世界と、
言わずもがなクラシック音楽の本流とも言える
ドイツ音楽の融合したものこそが、ドイツの歌の凄さとも言えます。
これを聴かなきゃもったいない・・・ということで、
1月19日のトーマス・バウアー バリトンリサイタルの魅力に迫ります!!!


バウアーさん
トーマス・バウアー(バリトン)
1970年生まれ。
レーゲンスブルグ大聖堂聖歌隊で最初の音楽教育を受け、
ミュンヘン音楽演劇大学を卒業。
ハンブルクNDR響、ボストン響などの名門オーケストラ。
そしてハイティンク、アーノンクール、ヘレヴェッヘ、インマゼール、
一流指揮者との共演歴多数。
また1997年にミュンヘンでのオペラデビュー以来、
各地歌劇場でも主要キャストを務めるなど、
現在欧州で最も注目されているバリトン歌手の一人である。


ウタさん
ウタ・ヒールシャー(ピアノ)
東京生まれ。
幼年よりピアノ教育を受け、中村ミキ子氏に師事。
ミュンヘン国立音楽演劇大学にて、
ピアノをミヒャエル・シェーファーに、
歌曲伴奏法をヘルムート・ドイチュらに学ぶ。
トーマス・バウアーと世界各地で共演し、
彼との録音によるシューマン「詩人の恋」ほか、
歌曲のCDに関して高い評価を得ている。

「騎士道」と「和魂洋才」が織りなす日独リート・デュオ

トーマス・バウアーとウタ・ヒールシャーのリートデュオが
最初のCD(シューマン)を出した時、あまりに美しい声に驚いた記憶がある。
「ドン・ジョヴァンニ」や「エフゲニー・オネーギン」、
「タンホイザー」のヴォルフラムなど貴族的なキャラクターを演じるのに適した気品、
柔らかさを兼ね備えたバリトンはイタリア人に多く、ドイツ人には少ない。
バウアーはドイツが久々に生んだカヴァリエ・バリトンだった。
1950~80年代のレコード産業全盛期、日本でのドイツ・リート(歌曲)受容は、
発音に厳格なフィッシャー=ディースカウ(バリトン)や
シュヴァルツコプフ(ソプラノ)よりも、
天衣無縫でカヴァリエ風のヘルマン・プライ(バリトン)を中心に進んだ。
バウアーは前者の言語能力と緻密さ、
後者の美声を兼ね備えた新しい時代のリート歌いである。
自然な歌心は故郷であるレーゲンスブルクの大聖堂で
世界的に有名な少年聖歌隊に属して以来、
生来の資質に知的でプロフェショナルな磨きをかけてきた成果である。

ー ー ー ー ー ー ー 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)


本気の恋を音楽にした
ビターチョコみたいにほろ苦い
男の歌曲集プログラム・・・


(今回はちょっと変わった読み物語りです。
ようこそ、ときめき淑女たちと黄昏紳士のいるカフェへ。)

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 冬の午後、冷えた身体をあたためようと喫茶店に入ると、
店内を柔らかな陽射しが包んでいて、
ときめき淑女たちがテーブルを囲んでおしゃべりしている。
その向こうの窓際で黄昏紳士が
先程古いレコード店で買ったばかりのジャケットを
眺めながら珈琲をのんでいる。
 ときめき淑女たちのおしゃべりに耳を澄ませると、
 「永遠の愛なんてあるわけないじゃない。」
 「好きな人に好かれるのはモテ男やモテ女じゃないかぎり奇跡。
男は女心がわからない、女だって男心がわかってないわよ…。」
という会話が聞こえてきた。
 その一方で、黄昏紳士は、こんなことを考えていた。
 一度は愛しあった男女があっという間に別れてしまうなんてこともある世の中だから、
永遠の愛なんて幻のようなもの、愛は消えゆくものではないか。
 でも、もし、「一途な恋心」を「愛」とよべるなら、
こちらのほうが永遠の愛とよぶにふさわしいのではないか。

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 と、唐突ではありますが、
この映画のワンシーンのように、
愛をめぐる断想が日常のどこかにしらにあるとは思いませんか。
そして、その室内に流れる音楽は、
永遠の愛を集めたばかりの歌曲集がふさわしいのではないでしょうか。

 そうです、このトーマス・バウアーさんのリサイタルで取り上げられるものこそ、
永遠の愛のプログラムなのです!

♥愛と激情のカヴァリエ・バリトンの魅力♥


トーマス・バウアーさんの魅惑の声は、
恋心なら……と、ソプラノやテノールばかりを聴いていた私に、
バリトンもいい♥と、思わせてくれたカヴァリエ・バリトンなんです。
騎士のような役柄で、声に輝きがあって主役級。
オペラ『カルメン』では、情熱的な闘牛士役
と、言えば、
愛と激情の表現に、ぴったりな声だとおもいませんか。素敵ですよ!

♪ベートーヴェン:
連作歌曲「遥かなる恋人に寄す」 作品98


 この作品は、ベートーヴェンが1816年にウィーンで作曲したものです。
彼は耳の病を自覚し、自殺すら考えながらも
そこから復活を遂げて傑作を送り出すようになった
「中期」と呼ばれる時期に絶頂を迎えます。
交響曲「英雄」「運命」、ピアノ・ソナタ「熱情」などは
みなこの時期に生みだされました。
自分の信ずるもののために命を賭けるヒーローのイメージと彼の音楽が重なり、
1800年代のウィーンで大いにうけ、
ベートーヴェンは時代の寵児となりました。
時代の寵児は、恋愛においてもトコトン硬派だったそうです。
彼の情熱的な恋愛、そして失恋の痛手は、
本人には不幸なことでしたが、数々の名曲を生み出す源泉になりました。
この『遥かなる恋人に寄す』もその一つではないかといわれています。
 歌詞は、医学生のアロイス・ヤイテレスによるもので、
疫病か何かが流行った街で医療活動を行っていたことを
ベートーヴェンが知り激励の手紙を書いたところ、
その返礼にこの詩が送られたそうです。
その内容は、遥か彼方に行ってしまった恋人にあてた手紙のようでもあり、
しかし後半からは
四季の移り変わりや自然そのものへの愛が感じられるようなところもあります。
前半でも悲痛な想いが込められた歌詞に相反し、
音楽はやわらかく清らかです。
心の叫びが澄み渡ったメロディで穏やかに流れ出すところに、
この作品の感動があるのではないかと思います。
 この歌曲を作った頃、ベートーヴェンは中期の創作意欲満ち溢れた絶頂を過ぎて、
ややスランプ気味だったそうです。
しかし、この歌曲を書いたのち、
徐々にスランプから脱し、ついに「後期」と呼ばれる、
新たな創作期へと向かうようになりました。
この歌曲を作曲することが、
カタルシス(浄化)になったのかもしれません。
軽く扱われがちなベートーヴェンの歌曲集ですが、
後のロマン派の先駆作となり、シューベルトにも影響を与えています。


♪シューマン:歌曲集「詩人の恋」 作品48

 ハインリヒ・ハイネの詩によるロベルト・シューマン作曲の連作歌曲で、
1840年(シューマンの「歌曲の年」)に作曲されました。
なぜこの年が歌曲の年と呼ばれ、シューマンが歌曲をたくさん書いたのかというと、
クララと結婚が成就した年だからだそうです。
クララは、シューマンのピアノの先生の娘で、
シューマンよりもずいぶんと年下ということもあり
結婚への反対と困難が多い中、すべてを乗り越え、
やっと「成就」できたのです。(この話しは、何本か映画化もされていますね!)
この年に書かれた歌曲は、
シューマンにとって「すべてはクララへの愛と献身のあかし」なのです。
 このシューマンの、最も有名な歌曲集ですが、
ピアノにも注目、いや注耳です。
シューマンはこの作品のピアノに単なる伴奏というのではなく、
声楽にも増して豊かな表現を与えました。
もちろん、愛妻であり優れたピアニストだったクララが演奏することを
想定してのことです。
 歌詞は、ハイネの詩集「歌の本」の中の「叙情的間奏曲」によります。
ハイネは自分の詩について
「すべてはおなじ主題のささやかなヴァリエーションにすぎない」
と言っていたそうですが、
この「おなじ主題」は、伯父ザロモン・ハイネの娘のアマーリエに対する
不幸な恋愛体験だったそうです。
ザロモンは富裕な商人で、ハイネに学資を与えていましたが、
正業につこうともしないハイネを自分の娘婿にしようとはせず、
アマーリエ自身も、いとこのハイネの心に深い傷跡を残したまま、
ある地主と結婚してしまいました。
 花嫁への愛のあかしとして作られた歌曲は、
同じように娘の父からの反対をうけつつも結ばれた恋愛と、
失恋経験をもとにつくられた音楽なのです。(切ないですね!)
 シューマンの作り上げた世界は、
聴く人をいつもどこかの境界へ連れ去ってしまうような
不思議な感覚を持つようなところがあります。
それでいて、聴く人の心をしっかりとつかんでしまうような
魅力的な感覚を残すような感じがします。
この歌曲はその代表といっていいと思います。


♪シューベルト:歌曲集より(5曲)
船乗り D536 / 冥府への旅立ち D526 / 漁夫の歌 D881
竪琴に寄せて D737 / ブルックの丘にて D853

 まずは豆知識。シューベルトの作品についている「Dと数字」って何、という話です。
シューベルトの1000近いスケッチ、未完を含む作品群は、
オーストリアの音楽学者オットー・エーリヒ・ドイチュにより
1951年に作られた英語の作品目録のドイチュ番号によって整理されています。
日本語の完全な作品目録はまだ存在しておりませんが、
NHK-FMのアナウンサーも、ドイチュ番号をアナウンスしているようです。
「ドイチュ番号○○」又は「ドイチュ - 番」などと読みあげられています。
 さて、シューベルトの恋愛事情について。
1818年(21歳)エステルハージ伯爵の令嬢カロリーネのピアノ教師に就き一目惚れし、
彼女と一緒に演奏するために連弾用ピアノ曲をたくさん作りますが、
13歳の年の差と身分の差もあり、片想いに終わった・・・という話が最も有名です。
その後、幼馴染でソプラノ名手だったテレーゼと両想いになりましたが、
テレーゼは定職に就かないシューベルトを待ちきれず、パン屋に嫁いでしまいました。
そんなわけでシューベルトは生涯独身でした。
生涯・・・と言っても31年のあまりに短い生涯でしたが・・・。
死の前日には、兄フェルディナンド家で何度もベッドから抜けだそうとし、
「ここにはベートーヴェンが眠っていない」と言ったそうです。
この言葉を兄は心に留め、指定墓地で葬儀が執り行われた後
ヴェーリング墓地のベートーヴェンが眠る横に埋葬し直されました。
 このようにベートーヴェンを敬愛していたシューベルトは
間もなく開花するロマン主義への世界を示唆しつつ、
書式としては厳格な古典主義を貫いて、魅力ある作品を多くつくりました。
また、歌曲の素材を器楽曲の主題にたくさんアレンジしていることから、
私は、シューベルトは、音楽のイメージを歌からつくったのではないかと思っています。
つまり、シューベルトの作曲作品のうちの一部は、
ベートーヴェンの歌曲からうまれたものと言っていいのではないでしょうか。
しかしそれでいて、シューベルトの歌曲は、
ベートーヴェンの歌曲ともまた違い、男女の愛を超えた神話的な黄昏の極地へと
向かっていったのではないかと思います。
今回のプログラムでは、この違いをお楽しみいただけるのではないかと思います。

トーマス・バウアー バリトンリサイタル
ピアノ:ウタ・ヒールシャー

2016年1月19日(火) 18:45開演 18:00開場
一般:4,000円 学生:2,400円 指定席
ご予約は宗次ホールチケットセンターへ 052-265-1718


(宗次ホール 横山深雪)

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